細長い旧町域の北半が山地で、南半がシラス台地。彦火火出見尊(ひこほほでみのみこと)陵と伝える高屋(たかや)山陵があり古代薩摩の中心の一つ。近世には島津氏の直轄地で地頭(じとう)支配を受けたが、一部は加治木(かじき)島津家の私領であった。第二次世界大戦中に海軍航空隊が置かれた南東部の十三塚原(じゅうさんつかはら)(一部隼人町)には、1972年(昭和47)鹿児島空港が完成し、九州自動車道の溝辺鹿児島空港インターチェンジもできて交通関連産業が進出している。国道504号が通じる。耕地面積の75%を畑地が占め、以前は「溝辺ゴボウ」が知られていたが、現在はキャベツなどの野菜と茶の生産が多い。ほかに果樹や畜産も盛んである。旧溝辺町の人口は8621(2005年国勢調査)。