古代においては天孫降臨説話の舞台とされ、高千穂峰の山頂には天孫降臨に際して逆さに突きたてたという天の逆鉾が立てられている。「霧島」が最初に文献に登場するのは837年(承和4年)8月の続日本紀であり、諸県郡の霧島岑神社を官社とする旨が書かれている。
「霧島」の名称は周囲が霧の深い地域であることに由来し、特に霧が立ちこめた都城盆地から高千穂峰を望んだときに、まるで霧の中に浮かんだ島のように見えるためとする説が一般的である。この他に、イザナギがカグツチを斬った故事にちなんで「切り嶼(きりしま)」と名付けられたとする説や、火山活動による噴煙を霧に見立てたとする説などがある。
【参照 : Wikipedia [霧島山]】